マーガレット・サッチャー　鉄の女の涙

夫は他界し、子供たちは独立、ひとり静かに晩年を過ごすマーガレット・サッチャー（メリル・ストリープ）。
夫の他界後8年目にしてようやく始めた遺品整理から、サッチャーは過去を振り返る。
夫と出会う前、夫との出会い、結婚生活、「鉄の女」と呼ばれた政治家人生を…

観賞日

2012年3月25日

【78点】

今作は、2012年度（第84回）アカデミー主演女優賞獲得作品。
イギリス初の女性首相、サッチャーを演じたメリル・ストリープの演技が評価されての受賞だったが、
良い意味でも悪い意味でもそこがこの映画のすべてだ。

3度の総選挙に勝利し、威光を放った女性政治家として有名なサッチャー。

私自身、世界史でサッチャーの事を習ったが、年号など字面でしかその功績を追ったことはなかったので、
どれだけの人物だったかは全く未知数だった。

この映画では、そのサッチャーがいかに素晴らしい功績をあげたかを具体的にストーリー仕立てにしていくのかと考えていた。
だがこの映画は「サッチャーの功績」にスポットを当てた映画というよりも、
「サッチャーの孤独」にスポットを当てた映画だった。

やはり国を圧倒的なエネルギーで引っ張る人間というのは、ある意味変人であるべきなのかもしれない。

「私は家庭には収まらない」と夫に公言し、国を動かすことに情熱を燃やすサッチャーの姿は
カリスマ的ではあるが、近寄りがたい圧力すらもある。

それゆえ彼女は孤独だったのかもしれない。
だが、彼女は自分の熱意を孤独故に放棄することは無かった。
そこが偉大な指導者を作り出したのだろう。

この映画では、全編に渡ってサッチャーの孤独がクローズアップされる。
「The IRON LADY」という原題が示すのは、「鉄の女」の抱えていたものが何だったのかを示すためだろう。
だから、この映画で彼女の威光を期待しすぎるのはそもそもナンセンスだったのかもしれない。

ひとつひとつの言葉に重みがあり、マンガの”ドン！！”という効果音がつきそうなサッチャーのセリフ。

そのなかでも最も印象に残ったのは、予告編でも流れる、

「あなたは戦争を経験をしていない」と男性に言われ、
「戦わなかった日など一日たりとも無い」と返すところ。

女性として、庶民出身として、政界で侮られ続けた彼女だからこそ重みのあるセリフだ。
さらにその中で（良いか悪いかは置いておいて）自らの信念を貫き続けたからこそ言えるセリフでもある。

いくつかのレビューをみてみると、サッチャーを実際にみていた世代にとっては物足りない映画だったようだ。
それは、彼女の政治家人生における分岐点などをもっと掘れるはずなのに掘らなかった点。

歴史の教科書でしかサッチャーを知らない、平成生まれの私にとっては中々興味深い内容ばかりだったのだが、
リアルタイムで知っている世代にはこの程度ではなかったらしい。

となるとこの映画は、もっとすさまじいものになった余地があったのかもしれない。

だが107分で偉大な女性指導家の人生を追うのは難しいだろう。
時間の短さから考えると、１つのテーマに絞ったのは正解だと思う。
結果としてワンテーマに絞ったことで、メリル・ストリープの演技がより際立ったのだから。

むしろ政治系の話よりもヒューマン寄りな話の方が好きな私にとっては、
晩年と現役バリバリの頃の描き方の対比は面白かった。

主演メリル・ストリープの演技は言わずもがな素晴らしい。

メインキャストがほぼすべてイギリス俳優の中で、
唯一アメリカ人女性としてこの映画に入ったという点もなんだか
男だらけの政界に女身ひとつで突撃したサッチャーと似ている。

40年分の人生を演じた点も圧巻。
特に政治家として駆け出しの頃、首相としてバリバリ働いていたころ、そして晩年と変化していく
サッチャーを演じていたことをよくよく考えれば凄いことだ。

『J・エドガー』でもディカプリオがエドガーの若かりし頃から晩年まで演じたが、
やはりここはメリル・ストリープに軍配が上がっている。

何とも言えないラストシーンには、私たちに「鉄の女」を再考させる。
是非この映画を観て、”戦った”女性の精神の在り方を観て欲しい。

サッチャーの政治的な物語を求める人には難アリだが、
むしろほとんど知らない世代が観るべき映画かもしれない。

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